円興寺(大垣市)で紅葉とクスノキを見ました。その2
円興寺(大垣市)で紅葉とクスノキを見ました。その2
前回の続きです。
青墓の大炊氏の帰依を得て、聖観音立像を本尊として創建された、西濃地方でも
有数の古刹です。当時は、現在の場所の東側の山頂にありました。
円興寺手前にある川の橋の上で、のみを研いで、仏像を彫ったそうです。
梁塵秘抄(りょうじんひしょう)という歌謡集を編纂しました。
その際に、青墓出身の今様の名手の乙前に弟子入りしたそうです。
その当時を偲び、碑が建てられています。
その当時を偲び、碑が建てられています。
供養塔などが残っているそうです。
次男朝長、三男頼朝と共に、京都から青墓の大炊長者を頼って落ちのびてきて、
再起を図ろうとしましたが、平氏の追手が迫る中で、重傷を負っていた朝長は、
父義朝に頼んで、首を討たれたそうです。
焼き討ちにあい、全伽藍を焼失しました。この際本尊が勝手に動き、石の上へ
難を逃れたということから、本尊は石上観音とも呼ばれているそうです。
万治元(1658年)に再興され、現在地へ移転したそうです。
今は静かで、紅葉で知られている大垣市青墓町、円興寺ですが、古代から中世に
かけては、都の文化も伝わっており、おおいに繁栄していました。
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