東条城~名門吉良氏の居城~(西尾市)

東条城~名門吉良氏の居城~(西尾市

今回の三河国旅行の宿泊地は、吉良温泉ですが、そこに向かう途中、
忠臣蔵吉良上野介で有名な吉良氏の居城であった東条城にも立ち寄りました
(寄り道ばかりでなかなか到着しません)。
西尾市中心部から蒲郡市の方に向かう県道318号線の南側の小高い丘の上にあります。
 
 
 
イメージ 1
一見、城跡の入口とはわかりにくいですが、このコンクリート製の通路を上がっていきます。
かなり急坂の一直線のスロープで、お城っぽくはありません。
このあたりは、もう少し雰囲気を出した方がいいのではないかと思います。
 
イメージ 2
途中に、不意に冠木門がありましたが、その先もスロープがまだ少し続いています。
 
イメージ 11
イメージ 12
スロープを抜けると、急に広場に出ました。
三の丸跡のようです。上に見えるのは、本丸跡です。
 
イメージ 13
二の丸跡は、神社(八幡社)になっています。
 
イメージ 14
三の丸から本丸に上がろうとすると、二の丸から攻撃されるという形の構えです。
 
イメージ 15
こちらは石畳になった坂を登って、いよいよ本丸跡に入ります。
 
イメージ 16
イメージ 17
本丸大手門は、土塁に挟まれ、かなり狭くなっています。
その上に櫓門が建てられています。
 
イメージ 3
イメージ 5
逆光で見づらいですが、櫓門物見櫓です。
これらは、どのようなものが建てられていたか、はっきりしておらず、鎌倉時代の絵巻物を
参考にして、作られたようです。
通常、城と言うと、見栄えのする白い天守や高い石垣を思い浮かべるため、
墨俣城のように、城跡に、史実とは全く異なる模擬天守が建てられることもあります。
しかし日本で城と呼ばれていたものの多くは、中世にこのように土塁、空堀、柵などで
作られていましたので、このように中世の城が復元されるのは、正しい歴史認識の上では
いいことだと思いますね。 
 
イメージ 6
イメージ 7
本丸跡です。ここも、広場になっています。
一人だけ、同じ趣味と思われる方が、城跡を散策していました。
 
イメージ 4
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 8
イメージ 9
この東条城は、室町幕府を開いた足利氏の一族であった名門吉良氏の居城として造られました。
しかし吉良氏は、応仁の乱で吉良氏同士で争うなどしていたため、戦国大名として大きくなる
ことはできず、一族であった駿河の今川氏や尾張織田氏などと争い、最後は徳川家康との
戦いに敗れ、滅亡しました。
しかし徳川家康は、吉良氏の一族を家来として取り立てて再興し、吉良氏は江戸時代には
旗本として、将軍家の儀式をつかさどる高家に任命されました。
その子孫が忠臣蔵の敵役となる吉良上野介ですが、これはまたのちに触れることになると
思います。
 
吉良氏の居城であった東条城跡に行き、中世の城の雰囲気を味わいました。
 
参加しています
イメージ 10
 
 
 
 
[住所] 西尾市吉良町大字駮馬字城山
[駐車場] あり
 

詳しい地図で見る